映像から、生態へ / 8つの章で読む
一つの群れにも、いくつものまとまり。
銀色のマントと長い顔。乾いた土地での採食、水場、眠る崖と、階層的な社会を見ていきます。
Papio hamadryas
- 暮らす場所
- アフリカ北東部とアラビア半島南西部の乾燥地・岩場
- 食べ物
- 草の種子・根・葉・果実など植物中心の雑食
- 仲間との関係
- 単雄ユニットがバンド、さらに大きな群れへまとまる多層社会
01 / 争い方
相手は別のオスか、同じユニットの個体か

マントヒヒの対立を見るときは、まず行動を向けられた相手を確認します。オスどうしの競争と、オスがユニットのメスを追って近くへ戻す行動では、同じ追跡でも関係が異なります。ときに噛みつきなどを伴うこともあり、集団で暮らすことが常に穏やかな協力だけを意味するわけではありません。距離、移動の向き、接触の有無を順に追います。
単雄ユニットのリーダーが入れ替わる場面などには、強いオス間競争が関わります。ただし動画の直前に誰が近づいたかが分からなければ、原因を確定できない場合もあります。BBCの番組は人間社会を思わせる言葉で筋立てを説明しますが、「裏切ったから罰を与えた」という道徳的な判断と、実際に観察された追跡や噛みつきは分けて読むと、生態として理解しやすくなります。
参考:University of Michigan / ADW|Papio hamadryas ↗ · San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗
02 / 体の仕組み
銀色のマントは、成熟オスの目印

マントヒヒの成体オスは、肩や背中へ長く広がる銀色の毛が目立ちます。メスはより小さく、茶色を帯びた毛で、同じ群れにいても外見が大きく違います。この雌雄差を知らないと、オスとメスを別の種類だと思ったり、小さい個体をすべて子だと思ったりしがちです。顔が長く犬に似て見えても、イヌ科ではなくオナガザル科の霊長類です。
頬袋は食べ物をいったん口の横に蓄える場所です。食べ物を拾ってすぐ飲み込むだけでなく、後で落ち着いた場所で処理できます。お尻の座りだこや四肢も、地上で長く移動し、岩場で過ごす暮らしと関係します。長い犬歯を見せる表情は迫力がありますが、大きさだけで個体の順位や次の争いの勝敗が確定するわけではありません。
参考:San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗ · San Diego Zoo Wildlife Explorers|Hamadryas baboon ↗
03 / 食べ物
乾いた土地で、植物の使える部分を探す

主な食べ物は草の種子、根、葉、花、果実などです。乾燥した土地でも植物の利用できる部位は季節によって変わり、地上を移動しながら食べ物を探します。昆虫や小さな動物も利用する雑食ですが、どの個体も肉を主食にするわけではありません。地面をつつく、植物を引く、手で選んで口へ運ぶといった細かな採食動作を比べてみてください。
野外の食べ物の分布と、動物園で与えられる食事は異なります。決まった時間に近くへ餌が置かれる映像から、そのまま一日の移動距離や野生での競争の強さを推定することはできません。頬が膨らむ場面では頬袋の利用にも注目できます。食べ物の質や散らばり方が変われば、同じ群れでも個体どうしの距離が変わり、集まる時間と分かれる時間の理由になります。
参考:San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗ · San Diego Zoo Wildlife Explorers|Hamadryas baboon ↗
04 / 水と体温
水場は、分かれた集団が出会う場所

マントヒヒが乾燥地に暮らすからといって、水がなくても平気という意味ではありません。水源と眠る崖は行動範囲を考える大切な条件です。採食中には小さく分かれていたまとまりが、水場では再び集まります。生活に欠かせない場所が限られていれば、そこで出会う個体が多くなることも理解できます。水を飲んでいる瞬間だけでなく、近づく道筋も見てみましょう。
気温の高い時間帯には、活動と休息の配分も重要になります。映像で水場へ向かう様子があっても、争いの動機が必ず水そのものだとは限りません。同じ場所へ集まった結果として、ユニット間の関係が表に出る場合もあります。水、餌、泊まり場を別々の点として覚えるより、それらをつないで移動する一日の地図として考えると、乾燥地の生活が分かりやすくなります。
参考:San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗ · San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗
06 / 子育て
黒い毛の幼獣から、大人の姿へ

生まれて間もないマントヒヒは黒っぽい毛を持ち、成長とともに毛色が変わります。母親は授乳や運搬、毛づくろいを行います。通常一度に生まれるのは一頭で、最初から群れと同じ速さで移動し、自分で十分に食べられるわけではありません。子が母の近くに戻る様子と、少し離れて他の子へ近づく様子の両方が成長を伝えます。
若い個体の遊びは、成体オスの深刻な競争と分けて見ます。走る、つかむ、取っ組み合うという同じ動作でも、相手が入れ替わったり、中断して再び近づいたりする関係があります。掲載するWCSの映像は動物園で生まれた幼獣の紹介です。野外の繁殖成功率や親子関係のすべてを示す資料ではありませんが、成長段階による外見と動きの違いを見る入口になります。
参考:University of Michigan / ADW|Papio hamadryas ↗ · San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗
07 / 休息
崖の寝場所へ、また集まる

夜の泊まり場として高い崖を使うことは、マントヒヒの暮らしの大きな特徴です。日中に広がって採食したまとまりが、夕方には同じ崖へ戻ります。木の多い森を生活の舞台とする霊長類と比べると、地形そのものが休む場所を用意している点が面白いところです。崖だけの写真では見えなくても、そこへ至る移動路と水場が一日の行動を支えています。
朝、泊まり場の近くで毛づくろいや休息、子の遊びが見られてから、採食へ出発します。食べるために分かれ、安全を得るために集まるという二つの方向が共存しています。静止している個体がすべて眠っているとは限りません。休息、周囲の確認、他個体との接触を区別しながら見れば、争い以外にも多くの時間を使う社会であることが分かります。
参考:San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗ · San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗
08 / 種と保全
同じヒヒでも、暮らしと地域を分けて守る

マントヒヒはアフリカ北東部とアラビア半島の一部に分布します。ヒヒの仲間を一括して「サバンナのサル」と説明すると、分布や必要とする地形、水源の違いが抜け落ちます。種全体の評価が比較的安定していても、あらゆる場所で同じように生息できるわけではありません。泊まり場と採食地を行き来できる環境が残ることが重要です。
農地など人の利用する場所へ出てくれば、食べ物をめぐる人との対立も起こり得ます。動画を撮るために餌で集めたり、他の個体を近づけて争わせたりすれば、見えている行動の条件そのものを変えてしまいます。この図鑑では既に公開された観察・番組映像を背景付きで紹介し、飼育下の生活を示す映像にはそのことを記します。群れの仕組みを知ることが、迫力を消費するだけではない観察につながります。
参考:San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗ · San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗
映像を見返す
ここを見ると、動きがわかる。
- 銀色のたてがみとメス・幼獣の姿を比べる。
- 追跡する相手と周りの個体を追う。
- 飼育下の幼獣の遊びと野外の対立を分ける。
生態の解説と、映像に写る個体の事情は分けて紹介しています。短い映像から個体の動機や健康状態を断定することはできません。
よくある疑問
銀色の毛の個体は別の種類?
同じマントヒヒでも、成熟オスとメスや幼獣は大きさや毛の特徴が違います。長い銀色の毛は成体オスに目立つ特徴です。若いオスではまだ同じ姿になっていないこともあり、色だけで年齢や群れ内の役割まで確定することはできません。
参考:San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗ · University of Michigan / ADW|Papio hamadryas ↗
ヒヒは全部同じ社会なの?
違います。マントヒヒの単雄ユニットとその上のまとまりは、この種を知る重要な特徴です。アヌビスヒヒなど別種の記録を、そのままマントヒヒの社会図へ入れないようにします。似た長い顔をしていても、誰と長く結び付くか、どちらの性が移動するかなどに違いがあります。
参考:San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗ · University of Michigan / ADW|Papio hamadryas ↗
頬が大きくなったのは病気?
頬袋に食べ物を入れると、頬の形が変わることがあります。後で安全な場所で食べるための仕組みです。ただし一枚の画像で腫れの原因を診断することはできません。食べ物を拾った直後から、口の中へ戻して処理するまでの動きを続けて見るのが観察の手掛かりです。
夜も一日中けんかしている?
日中は採食と移動、休息を繰り返し、夜には崖の寝場所へ集まります。対立の抜粋は一日の全時間を代表していません。幼獣の遊びや毛づくろい、静かな移動にも目を向けると、多層的な群れを維持する日常の姿が分かります。
参考:San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗ · San Diego Zoo|Hamadryas Baboon ↗



05 / 群れと関係
小さなユニットが重なる、多層の社会
社会の基本の一つは、成体オス一頭と複数のメス、その子などからなる単雄ユニットです。英語ではOMUと呼ばれます。複数のユニットがより大きなバンドを作り、さらに大きなまとまりへ集まります。夜に崖へ集まる数百頭だけを一つの均質な家族と考えると、昼間に分かれて動く理由が見えません。近くに繰り返し現れる顔ぶれが手掛かりになります。
メスを中心とした血縁のまとまりが目立つ他のヒヒ類と、同じ仕組みだとは限りません。マントヒヒのオスはユニットのまとまりに大きく関わり、メスの移動や他個体との接触を制限する行動も見られます。一方で、メスの選択や個体間の関係もあり、図で一頭のオスの下に全員を並べれば説明が終わるわけではありません。群れの階層と個体の関係の両方を見ることが大切です。
参考:University of Michigan / ADW|Papio hamadryas ↗ · San Diego Zoo Wildlife Alliance|Hamadryas baboon behavior ↗