映像から、生態へ / 8つの章で読む
差し込んで、持ち上げる。
樹液場のオス同士の競争から、外骨格の角、腐葉土で育つ幼虫、夏の夜の暮らしへ。日本のカブトムシを中心に読み解きます。
Trypoxylus dichotomus
- 暮らす場所
- 日本の本州・四国・九州などの雑木林や里山。東アジアにも分布
- 食べ物
- 成虫は樹液などの汁、幼虫は腐葉土
- 仲間との関係
- 樹液場に集まり、オス同士が競争する
01 / 争い方
角を差し込み、相手の踏ん張りを外す

樹液が出る場所は、食事の場であると同時に繁殖相手との出会いの場です。オスは長い頭角を相手の下へ差し込み、樹皮に踏ん張る体を持ち上げて足場から外そうとします。角だけでなく、支える脚、相手との位置関係、樹木の形が重なる競争です。
日本や台湾など五つの個体群で争いを調べた研究では、オスが相手に向き直り、角で押す、突く、持ち上げる動きが記録されました。争いが激しくなると、相手を樹木からはがして地面へ落とそうとします。角は獲物を食べるための牙ではなく、同じ種のライバルとの競争で使う武器です。
大きな体や長い角を持つオスは勝ちやすい傾向があります。しかし、角の長さだけで毎回の勝敗が決まるわけではありません。また、相手と接触した後に一方が退く例も多く、出会うたびに激闘になるわけではありません。動画では投げる瞬間に加え、相手へ向き直るまでと、離れた後の動きも見てみましょう。
参考:del Solほか(2021)|5個体群の武器サイズと性選択 ↗ · Bellほか(2024)|体表炭化水素に含まれる体サイズ・性の情報 ↗
02 / 体の仕組み
頭の角と胸の角。骨ではない武器

オスの長い角は頭から、短い角は前胸から伸びる外骨格の突起です。哺乳類の骨や歯とは違い、蛹への変態と成虫への脱皮を通じて形づくられます。頭角の先端は特徴的に分岐し、メスにはオスのような大きな角がありません。
研究では、幼虫から蛹になる時期に、折り畳まれた上皮とクチクラが展開して角をつくる過程が調べられています。最初は丸みを帯びた蛹の角も、成虫になる過程で鋭い形へ変わります。大きな角を持った小さな成虫が、そのまま少しずつ成長して大きくなるのではありません。体のつくりそのものを変える変態が、この武器を生みます。
外骨格は全身が同じ硬さではありません。東京農工大学は、角のように硬い部位と、脚の関節のように柔軟な部位の違いを研究しています。角で相手を持ち上げるには、自分の体を支える脚の働きも必要です。イラストでは長い頭角、短い前胸の角、三対の脚を別々に見ると、体がどうつながっているかを理解しやすくなります。
参考:松田・後藤(2026)|膜の変形で読み解くカブトムシの角形成 ↗ · 東京農工大学|甲虫の外骨格 ↗ · McCulloughほか(2019)|個体群ごとの角の形と性能 ↗
03 / 食べ物
樹液をなめる成虫、腐葉土を食べる幼虫

成虫は、樹皮からしみ出した樹液や熟した果実の汁をなめます。幼虫の食事は違い、落ち葉が分解された腐葉土です。木の上で汁を利用する成虫と、地面の中で育つ幼虫を比べると、同じ種類でも成長段階によって食べ物と生活する場所が大きく変わることが分かります。
成虫にとって樹液場は、森の中へ一様に広がった食卓ではありません。汁が得られる限られた場所へ複数の個体が集まるため、そこで出会いと競争が生まれます。メスも食事に訪れるので、樹液場を守るオスには繁殖相手と接触する機会ができます。食事と繁殖を別々に見るより、同じ資源が両方を結ぶ仕組みとして考えられます。
樹液場の顔ぶれや利用の仕方には地域差があります。山口大学の研究室は、日本でクヌギの樹液に集まる姿と、台湾でシマトネリコの樹皮を傷つけて汁を利用する姿を紹介しています。カブトムシは、どこでも同じ木を同じ方法で利用するわけではありません。
参考:多摩動物公園|カブトムシ ↗ · Bellほか(2024)|体表炭化水素に含まれる体サイズ・性の情報 ↗ · 山口大学|動物生態学研究室 ↗
04 / 体温と乾燥
土の湿りと温度が、幼虫の暮らしを包む

幼虫が暮らす腐葉土は、食べ物であり、体を取り囲む環境でもあります。足立区生物園の飼育解説では、幼虫へ腐葉土を与えることと、適度な湿りを保つことを挙げています。水辺に集まる哺乳類のような絵よりも、湿った落ち葉の層とその中の幼虫を描くほうが、この時期の生活を表せます。
体の温度も、土の条件と切り離せません。モンタナ大学の研究では、大型の幼虫が代謝で生む熱と、土へ逃げる熱の関係を調べています。大きな体だからといって常に強く自己発熱するわけではなく、熱のこもり方は体の大きさ、土の水分、深さなどの条件に左右されます。周囲より温かくなり得ることと、哺乳類のように体温を保つことは違います。
冬の長さへの適応にも地域差があります。北海道から台湾まで十四地域の幼虫を同じ条件で育てた研究では、北の個体群ほど速く成長する傾向が見つかりました。成長できる季節の長さに合わせた性質と考えられています。「カブトムシに適した温度は一つ」と決めるより、生活史と地域を合わせて見ることが大切です。
参考:足立区生物園|生き物の質問 ↗ · Cooleyほか|Self-heating by large insect larvae? ↗ · 山口大学|長い冬に適応したカブトムシ(2020) ↗
06 / 卵と変態
卵から幼虫、蛹、成虫へ。姿を変える一生

メスは堆肥や積もった落ち葉の中へ潜って卵を産みます。親が子へ食べ物を運び続ける育児を中心とした生活ではなく、孵化した幼虫は周囲の腐葉土を食べて育ちます。親子が並んで樹液を飲むイラストでは、成虫と幼虫で違う生活場所を表せません。
成長は、卵、幼虫、蛹、成虫の四段階です。幼虫は脱皮を繰り返し、一齢、二齢、三齢へと大きくなります。日本の野外では、三齢幼虫が腐葉土の中で冬を越し、春の暖かい時期を経て蛹になり、夏に成虫へ羽化します。夏の角のある姿は、一生の一部分です。
蛹は幼虫と成虫の間の重要な時期です。幼虫の体から、成虫の脚や翅、オスの角がある体へ変わります。多摩動物公園は成長過程と環境を管理し、一年を通じて成虫と幼虫を展示しています。冬の展示室で成虫を見られることと、近くの野外で成虫が冬を越すことは同じではありません。
参考:多摩動物公園|カブトムシ ↗ · 東京動物園協会|冬でもカブトムシ!(2024) ↗ · 松田・後藤(2026)|膜の変形で読み解くカブトムシの角形成 ↗
07 / 活動と休息
夜によく活動する。でも昼間にも例外がある

成虫は夏の夜、樹液場でよく見られます。一方、活動する時刻は完全に固定されていません。シマトネリコへ来る個体を標識して追った研究では、昼間にも活動することが確認されました。夜行性という一語だけでは、利用する木や周囲の生き物による変化まで説明しきれません。
山口大学の別の研究では、明け方にオオスズメバチが樹液場のカブトムシを排除することが調べられました。ハチがいる条件と排除した条件を比較し、他種との干渉が利用時間を変える仕組みを検討しています。昼夜の違いは、体内の仕組みだけでなく、食事の場を誰と共有するかにもつながります。
昼に止まっている一匹を見ても、それだけで睡眠の状態は分かりません。同じ場所にいた個体が動き始めるのか、新しい個体が訪れたのかを区別して記録すると、活動をより具体的に捉えられます。研究で一匹ずつ印を付けるのは、その入れ替わりを見失わないためです。
参考:多摩動物公園|カブトムシ ↗ · 山口大学|カブトムシが昼でも夢中(2021) ↗ · 山口大学|オオスズメバチによる樹液場からの排除(2022) ↗
08 / 森との関係
樹液の木と、落ち葉の層。その両方がすみか

カブトムシの暮らしを見るには、成虫が集まる樹木だけでなく、幼虫が育つ腐葉土にも目を向ける必要があります。多摩動物公園が生息環境に挙げるのは雑木林や里山です。木の上の成虫と地面の中の幼虫を一緒に描くと、目立つ角の下に、季節をまたぐ生活のつながりが見えてきます。
日本産だからといって、どこに放してもよいわけではありません。北海道ではカブトムシは、もともと生息していなかった国内由来の外来種として扱われます。同じ日本の中でも、自然の分布と、人が持ち込んだ分布を分けて考える必要があります。
飼育個体を別の地域へ放すと、地域の生態系や遺伝的な特徴へ影響するおそれがあります。福山市もカブトムシなどの安易な放虫を避けるよう説明しています。動画を楽しむときは、自分で競争を起こして再現するより、自然な場で何に集まり、いつ離れるかを見ることが生態の理解につながります。
参考:多摩動物公園|カブトムシ ↗ · 福山市|在来種でも生き物を安易に野外に放たないで ↗ · 北海道|ちょっと待って、そのペットたち! ↗
映像を見返す
ここを見ると、動きがわかる。
- 頭の角が相手のどこへ入るか。
- 足が樹皮を離れる瞬間と、体の傾き。
- 接触の後に押し合うか、そのまま退くか。
生態の解説と、映像に写る個体の事情は分けて紹介しています。短い映像から個体の動機や健康状態を断定することはできません。
よくある疑問
角は骨や牙と同じもの?
違います。長い頭角と短い前胸の角は、体表をつくる外骨格の突起です。角の形は、幼虫から蛹、蛹から成虫への変態を通じてできます。シカの枝角や、口の中から伸びる牙とは、できる場所も材料の仕組みも異なります。
大きいオスが必ず勝つの?
大きな体と長い角は勝率に有利ですが、結果を毎回保証するものではありません。頭角が相手の下へ入る位置や樹木への踏ん張りも、映像で注目できる要素です。研究が示す傾向と、一本の動画の結果を分けて見ると理解しやすくなります。
参考:del Solほか(2021)|5個体群の武器サイズと性選択 ↗ · McCulloughほか(2019)|個体群ごとの角の形と性能 ↗
カブトムシは、昼間は絶対に動かない?
いいえ。夜によく活動しますが、シマトネリコの樹液場では昼間の活動が記録されています。オオスズメバチとの競争で樹液場を利用できる時刻が変わる研究もあり、周囲の環境によって活動の仕方が変わります。
参考:山口大学|カブトムシが昼でも夢中(2021) ↗ · 山口大学|オオスズメバチによる樹液場からの排除(2022) ↗
幼虫も樹液を飲み、親と一緒に暮らす?
幼虫の食べ物は腐葉土で、生活の中心もその中です。成虫の食事である樹液とは違います。卵から幼虫、蛹、成虫へと変わるため、同じ種でも形、食事、季節の過ごし方が大きく変わります。



05 / 出会いと距離
出会いをつくる樹液場、触れて終わる競争
樹液場に何匹も集まっていても、同じ仲間で行動する家族や安定した群れとは限りません。食物が一か所にあるために複数の個体が訪れ、その接点でオス同士の競争や繁殖相手との出会いが生じます。森のどこに樹液が出て、どれだけの個体が訪れるかが、関係の形を変えます。
相手に触れた後で争わずに退く行動は、力任せの戦い以外にも注目するきっかけになります。二〇二四年の研究では、体表のワックス状の成分に、性や体サイズと関連する組成の違いが見つかりました。ただし、実際にこの情報を読み取って強さを判断するかは、まだ確かめる必要があります。化学成分の差があるという結果と、判断の仕組みが証明されたということを区別します。
勝敗と繁殖の関係も単純ではありません。五個体群の比較では、争いでの有利さが繁殖成功へつながる強さに地域差がありました。角を使う競争は重要ですが、生き方のすべてを「一番強いオスが全部を得る」で説明することはできません。
参考:Bellほか(2024)|体表炭化水素に含まれる体サイズ・性の情報 ↗ · del Solほか(2021)|5個体群の武器サイズと性選択 ↗